● 「アジサイの七変化」のように、回りの環境で変わってしまうものの特集です。

 

 

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聖路加国際病院名誉院長の日野原重明博士が数年前、「生きかた上手」は、ベストセラー
になり、多くのマスコミでも大々的に取り上げられました。テレビなどでお話を聞くと、
単なるドクターというよりもその内容は伝道師のような印象を受けます。

今日、さまざまな生き方が、良くも悪くもクローズアップされます。特に悪い生き方は、
悪い部分が相当デフォルメされて伝わりますので、ことさらそう思うのでしょうが、共通して
「恥ずかしい」という羞恥心のなさが目立ちます。

例えば国会論戦の中で、自民党と民主党が議論を交わしたとします。議論をするからには
論戦に勝利しなければと思うのでしょう、勝つ過程での羞恥心のない言動は、品性も
なければ思いやりもない自己中心の極地のような有様です。

先日、とあるマンションの前の掲示板のようなものに、「人の手本は二宮尊徳」「復活
しよう明治の教育勅語」と書かれていました。その方面の団体かどうかは分かりませんが、
決して悪いことを言っているわけでもありませんので、しばらく眺めていました。

確かに昔は「人様に恥ずかしい」「お天道様に恥ずかしい」「世間様に恥ずかしい」など
悪いことをすれば必ず露見し天罰がくだるんだとの認識がありましたし、そうなることへの
恐怖心もあったように思います。

中国の逸話で、悪事に誘われた人が、こんなことをしたら必ずばれると言うと、相手は
「これを知っているのは俺とあんたの二人だけだ。」と答えます。その人はこう応答しました。
「いや、俺とあんたとお天道様の3人だ」と。

人間を性善説でとらえるか性悪説でとらえるか、そのいずれにしましても私たちには、
少なくともひとかけらほどの良心は持ち合わせて、この世に送り出されています。
「○○に恥ずかしい」という表現は、人には露見しなくても実は自分のなかの良心に
対して申し訳ないという意味が込められているのではないでしょうか。

良心に標準的なものなどはありません。画一的にしようと思えば、かの教育勅語を遵守
させるような手法になるのでしょうが、現世はもともと善と悪が混在する世界として作られて
いますので、自分に見合った良心を最低持ち合わせることが求められています。

ずべての人間が仏様のような心境を開くことなど到底できませんが、せめて「恥ずかしい」
というこころだけは忘れずに生活したら、この世はどんなに良くなることでしょう。


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